第19期生(2015年度)

大阪大学人間科学部に合格された石上未来子さんの合格体験記です。


勉強し始めた現役の春、わたしは本当に無知で、勉強の方法も知らず、机の前にじっと座っていることもできない状態でした。
でも、周りのアシストの先輩方がひたむきに勉強されている様子を見て感化され、だんだん10分,30分,1時間と長い時間机に向かい続けることができるようになり、集中力も続くようになりました。
また、早川先生に2年間数学と化学基礎を教えていただいたおかげで、始め偏差値26だった私の数学の成績は、阪大の試験練習のために受けた京大模試で偏差値60をとるまでに成長し、大阪大学の本番の試験でも満足のいく出来だと言えるほどまでに成長しました。
不可能だといろんな人から言われていた大阪大学人間科学部合格は、アシストという充実した環境と、早川先生や宇多先生のすばらしいご指導のおかげです!
結果的に一浪することにはなりましたが、本当にアシストシステムで頑張ってよかった。
本当にありがとうございました!

そしてこれから受験の方達へ。
夢は高すぎるくらいに設定してください。
自分が惚れ込んで恋してしまうほどの大学を見つけてください。
やる気さえあればあとはやるだけ、早川先生についていけば大丈夫!(^ ^)
どうか諦めないで。努力は必ず報われます。ファイティン!

大阪大学人間科学部合格、石上未来子


石上さんへ  受験直前には、最初の偏差値が26だったとは想像できないほどよくできていましたよ。数学の勉強を通じて得た論理的な思考方法は、この先の人生において大きな財産になると思います。望んでいた大学でのさらなる飛躍を楽しみにしています。

アシストシステム代表  早川 強

第19期生(2015年度)

名古屋市立大学医学部に合格した山田剛大くんの合格体験記です

私はアシストシステムで高校1年生から3年間お世話になりました。周りの多くの人が予備校に行く中で私が自習中心の勉強スタイルをとったのは予備校での授業の効果について疑問に思ったからです。大人数が参加する講座で全ての人に最適な難易度の問題,最適な解説を行うことは不可能です。難しすぎる問題は解説をながめて分かったつもりになってしまうし、簡単すぎる問題は解説を聞く必要がありません。少人数や個別指導の塾も自分で問題を解く時間にお金が発生するという点で経済的でないと思います。たくさんの問題を自分で解いて解答を見てどうしても分からないところだけ誰かに説明してもらいたい、このような希望をかなえてくれたのがアシストシステムでした。学校で習ったことをアシストで演習して分からないことがあれば質問、これが私が3年間くりかえしたことです。
アシストシステムの最大の長所の一つがセンター対策です。大量の問題を用意していただき、おかげさまで94%得点できました。このセンターのアドバンテージは二次試験に向けて非常に心強かったです。二次試験対策も特に勉強法は変えず、ひたすら演習をしました。
アシストシステムでついたのは学力だけではありません。誰にも強要されずとも目標に向かって努力する力、自分が今何をすべきなのかを把握する力、自分の理解度を客観的に分析する力などたくさんのことを学びました。高いお金を払って受動的な学習を続けるのか、お手頃な価格で主体的に学ぶ力を養うのか、答えは明確かと思います。
名古屋市立大学医学部 山田剛大

山田くんへ  授業などはとらなかったのは、ある意味、アシストシステムを最も正しく活用してくれたように思います。大学入学後も医師への道が続きますが、受験を通じて得た様々な「力」を生かして頑張ってください。

アシストシステム代表  早川 強

第15期生(2011年度) 

宮垣 徹哉(京都大学経済学部合格)


 アシストシステムで浪人させていただいた結果、念願の京都大学に合格することが出来ました。僕にとってアシストシステムで過ごしたこの1年間がどれほど大切なものであったかは言うまでもありません。本当に感謝の気持ちでいっぱいです・・。というわけでこの1年間を振り返ろうと思います。

僕は現役時、前期日程で京都大学を受験するも不合格になりました。現役時のセンター試験の出来はおよそ80%で、いくらセンター試験の配点が少ない京都大学とはいえ、この出来で二次試験を迎えるのはかなり厳しく、二次試験で逆転できるような学力も身に付いていなかった僕にとって不合格は必然でした。後期日程では神戸大学を受験しましたが不合格でした。この神戸大学の不合格によって、「前期で京都大を受けたのだから、後期で神戸大くらい受かるだろう」という甘ったれた幻想を抱いていた僕は、大学受験の厳しさを初めて痛感しました。それと同時に浪人が決定しました・・。

さて、浪人が決定して最初にするのは予備校選びなのですが、僕はあまり大手予備校に魅力を感じませんでした。というのも、大手予備校では授業が朝から夕方まで行われ、自習時間があまり確保できず、通ってただ授業を受けているだけで成績が伸びるという錯覚に陥る可能性が少なからずあったからです。また、大手予備校では完全に一方通行の状態で授業が行われるため、生徒各々への柔軟な対応が欠けているのではないかと思いました。だからといって、僕に宅浪する気合いや根性など微塵もありませんでした。そんな中、周りの友人達は何のためらいもなく大手予備校に通うことをすでに決定していました。それとは対照的に、決断を下せずにいた僕は焦燥感に駆られ始め、インターネットで様々な予備校をひたすら検索していると、アシストシステムという予備校のホームページを発見しました。ホームページを見てみると、どうやらアシストシステムの特徴は
①基本は自習中心
②自由に授業を受けることもできる
③分からないことがあればすぐに質問できる
④自習用教材の配布や確認テストがあるなどなど
・・・だそうです。このようなハイブリッドなシステムに僕はかなり興味を抱きました。すぐに見学に行きました。見学はほんの数十分でしたが、ここでならこの1年間気持ちよく勉強できるに違いないと直感し、アシストシステムで浪人することを即座に決めました。今思うと、アシストの雰囲気がそうさせたのかもしれませんね。両親にアシストに通うことを説明すると、両親はアシストに多少懐疑的になりましたが(普通に大手予備校に行くと思っていたらしいです)快く承諾してくれました。結局浪人して勉強するのは僕自身だから僕の通いたいところに通いなさいということらしいです。僕の事を十分に理解してくれているからこそ、そう言ってくれたんだと思います。

そしてアシストでの浪人生活が始まりました。アシストでは基本的に朝から晩まで自習しました。何も考えずやみくもに自習していては非生産的なので、自分に足りないのは何なのか、その穴を埋めるためにすべきことは何なのかを常に客観的に考えて自習するよう心がけました。分からないことがあるとすぐに先生に質問できるので、自習がスムーズに進みました。

授業は必要なものだけ(英数国)を取りました。英語は森口先生にお世話になりました。英語は相対的にみればまだ得意な科目だったので基礎から教えてもらうというよりも演習中心の授業でした。具体的に述べると、宿題として出される様々な大学の入試問題を解いて、その答案を授業中にリアルタイムで添削してもらうというものでした。この「授業中」というのがミソでした。普通添削と言えば、答案を書いた張本人である生徒がいない状態で先生が答案を訂正するものであり、肝心の「生徒がどのようにしてその答案を作成するに至ったか」ということは考慮されることなく行われます。つまり、この方式の添削はかなり一方通行なんですね。しかし、森口先生は授業中に答案をチェックしてくださったので、答案作成者側である僕の意見も考慮して丁寧に答案を添削していただきました。このように一方通行ではなく双方向的に授業が行われるところが、アシストシステムの素晴らしいところの一つであるように思います。

数学は早川先生にお世話になりました。授業中に先生の目の前で様々な大学の入試問題を解いて、その後すぐに先生に解説していただきました。また、単元ごとに確認テストを用意していただきました。数学の授業で一番役に立ったと思うことは、問題を解く際の方針や、答えに辿りつくまでの論理展開を厳しくチェックしていただいたことです。早川先生の授業を受ける前は、数学の問題は何となく手を動かせば答えが得られるのではないかと思い込んでいましたが、早川先生の下で訓練するにつれて、それがいかに浅はかな考えであったかということを痛感しました。このおかげで、京都大学の数学を解く際に死活的に重要となる、飛躍や欠陥のない正確な論理を展開する能力を養うことが出来たのだと思います。授業を受けた後は、授業中に取り上げられた問題から、定石や解法手順などをもう一度見つけ出して、ノートにまとめていきました。(最終的にこのノートは4冊作成しました) このおかげで、模試や本番の試験前に重要なポイントのみピックアップして確認することが出来ました。ノート作りを行う際に気をつけていたことは、ノート作りに時間を取られすぎないということです。ノート作りはあくまでも、問題が解けるようになるという目的に対する手段に過ぎません。この順序を履き違えてしまうと自己満足に終わる可能性があるということを常に念頭に入れてノート作成に励みました。授業は秋になると、京大模試の過去問を時間内に解くテストゼミ形式に変わりました。このテストゼミ形式の授業では、本番の限られた時間内でどのようにして問題を解いていくのかを具体的に教わることができて本当に役に立ったと思います。

国語は小林先生にお世話になりました。授業中に時間を計って様々な大学の入試問題を解きました。解いた後すぐに僕の答案と照らし合わせて解説し、添削していただきました。国語という教科はどうしても自分で勉強することが困難だったので、本当にありがたかったです。また、古文単語テストや古典文法プリントを用意していただいたおかげで、現役時は足を引っ張っていた古文に対する苦手意識が徐々に薄れていきました。

このような形で授業を活用して自習を進めた結果、夏の京大模試でA 判定を出すことが出来ました。現役時に受けた夏の京大模試はE判定だったので、成長を実感することが出来ました。それと同時に、自分がアシストで築き上げた勉強法が正しかったのだと納得して嬉しくなりました。ますます頑張ろうと決意したのでした・・。その後、秋になっても手を抜くことなく、勉強に励みました。特に英語に関しては、自分から授業で取り上げて欲しい問題を先生のところに持っていくほど積極的に取り組んでいました。1回の授業で京都大学の英作文を7題ほど添削してもらうこともザラでした。現役時の自分が見たらびっくりしたでしょうね。それくらい勉強に対し能動的になっていました。

12月になりました。この時期になるとセンター試験に向けて準備し始めました。アシストにはセンター試験の過去問や模擬テストが豊富に用意されていたので、それらをひたすら解きました。僕自身センター試験は本当に嫌いで、この時期はかなりストレスが溜まりましたが、アシストの仲間と一緒に大量の問題を解くことで何とかモチベーションを維持することが出来ました。自分1人じゃ挫折していたかもしれませんね。結局センター試験の出来はおよそ85%と、ボーダーに少し足りないという結果だったのですが、僕は完全に二次型の人間だと自分でも分かっていたので、すぐに二次試験に向けて切り替えることができました。
センター試験から二次試験までのおよそ40日間は新しいことをやるというよりも、この1年間自分が学んできた内容を整理することを目標にして過ごしました。センター試験から解放されて精神的にも身体的にも楽になったせいか、この時期は本当に自習がはかどりました。真の知力が身に付いたのは、おそらくこの時期だったように思います。二次試験の前日にはアシストの先生方に励ましの言葉をいただいて本当に嬉しかったです。「明日と明後日に行われる二次試験で自分の実力を精一杯発揮して、是非とも先生方の御恩に報いたい・・・」そう思いました。

いよいよ二次試験の日になりました。1日目は午前が国語で、午後が数学でした。国語は最初の科目だったせいか、かなり緊張してしまい、全部の問題を解ききることができませんでした。数学は何とか落ち着いて解くことが出来ました。1日目の出来は総括するとやや不満が残ったので、2日目の午前の英語と午後の日本史は気持ちを切り換えて取り組もうと思いました。英語は本当にリラックスした状態で解くことができました。特に英作文はかなり自信を持って解答することが出来ました。そして最後の科目である日本史になりました。日本史はまずまずの出来で、やっと試験が終わりました。この2日間のために、1年間勉強してきたのかと思うと、かなりあっけないものだなと感じました。

合格発表までの期間は、後期試験に向けて勉強しようと思っていたのですが、前期の結果があまりにも気になって、なかなか手を付けることが出来ませんでした。落ちていたらどうしようと、弱気になって寝付けない日もありました。

3月9日になりました。合格発表の日です。京都大学は家から近いので、実際に見に行くことも出来たのですが、落ちていた時の虚しさを考えて、インターネットで見ることにしました。手を震わせながらホームページにアクセスしました。受験番号450は確かにスクリーン上に映し出されていました・・。しばらくの間、何も考えることが出来ませんでした。そして安堵しました。嬉しさよりも安堵感の方が大きかったように思います。

この1年間を振り返るとざっとこんなところでしょうか。振り返ってみると、充実感もあったのですが、それ以上に、辛さを感じることの方が多かったように思います。それでもコンスタントに努力し続けることが出来たのは、個性に富んだアシストの仲間がいてくれたからだと思います。自分1人で勉強するのがしんどい時は、アシストのみんなと一緒に勉強しました。アシストシステムには、みんなが協力して勉強できる環境が整っています。僕は文系だったためか、センター生物が苦手で、それが悩みの種だったのですが、生物が得意なアシストのメンバーに交じって一緒にセンター生物の問題を解いた後、解説してもらうということを繰り返すことで、徐々に点数が上がっていき、本番では93点を取ることが出来ました。(現役時は72点でした・・)また、みんなと食事に行ったりするなど、息抜きも出来て本当に良かったと思います。

最後になりましたが、温かいご指導をしていただいた早川先生、森口先生、小林先生、どうもありがとうございました。そしてこの1年間共に戦ったアシストのみんな、本当にありがとう。

アシストシステムで浪人したこの1年を忘れず、これからの人生を歩んでいこうと思います。

第15期生

橋本 亮(旭川医科大学医学部合格)


 僕再受験を決意しアシストの門を叩いてから、二年が経ちました。
この二年間で得たことや学んだことが、
少しでも同じ志をもつ皆さんのためになればと思い筆を執らせていただきます。
かなりの長文になりますが、適宜参考にしていただければ幸いです。
・私自身の大まかな受験記録

私は一度大学の文系学部(文学部)を卒業後に悩んだ挙げ句、
就職を蹴り、退路を断って再受験に臨みました。

このときの私の学力は理数系はほぼゼロという状態で、
暗中模索のなか再受験生活が始まりました。
しばらくは別の自習室を借りて孤独に学習を進めていたのですが、
次第に精神的疲労とモチベーションの低下があいまって、閉塞感が募ってきました。


「合格最低点を取るためには何を、どれくらいの時間で、どの程度勉強したらいいのか」

「医学部に合格にする理想の受験生像とは、どのような人を指すのか」

「受験勉強に関する方法論や知識だけでなく、強靭なメンタルをいかに持続していくのか」

こういった根本的な問題を解決するには、
私一人の力では、あまりにも無力だということを痛感せざるを得ませんでした。
そんな中、「勉強は自分の努力が全て」という発想を転換し、

「自分に欠けているものを直視して、それを素直に改善していく力が合格への一歩ではないか」

「そのためには同じ志を持つ優秀な人と一緒に勉強してみて彼らから学ぼう」

と考えることにしました。
そうすると、おのずとアシストという選択肢が出てきました。

かねてから自宅から近いことと、自分の裁量に応じて勉強のペースを決められるという点で
アシストには魅力を感じていました。しかし、私がここで本格的に再受験生活を始めた理由は、
後述しますが、「仲間」と「師」という存在が非常に大きな位置を占めています。

再受験一年目は基礎知識の定着もままならず、センター試験で80%程度しかとれず、
前期は当時総合問題を出題していた高知大学を受験するも、不合格。
後期は琉球大学に出願したものの足きりを食らうという惨憺たる有様でした。
私は経済的な事情から私大医学部は諦めざるをえなかったので、
国公立大学しか考えていなかったのですが、この時改めて「狭き門」の狭さを実感しました。
またモチベーションや経済面から言って「再受験は2年が勝負」と考えていたので、
二年目は背水の陣を敷いて臨み、センター試験でなんとか87%程度取ることが出来ました。
志望大学群ではそこそこ上々の判定がでていたので、前期は第一志望の山形大学に出願しました。
山形大学は国公立大学で珍しく国語と英語の両方が二次試験で課されたので、
文系出身の私としては得手とするところでしたが、危惧していた数学でこけてしまい、落ちました。
得意科目で不得意科目をカバーするという戦略は、
医学部では非常に危ういものだということを痛感させられました。


後期は理科200点、面接150点配点(当時)の旭川医科大学に出願しました。
センターでボーダーマイナス10点くらいでしたが、得意になった理科で巻き返せると踏んでいました。
ところが、出願締め切りの段階で倍率33倍、足きりで20倍というもはや天文学的な数字に、半ば絶望に駆られました。
前期が不合格と分かってから、30分くらいは何も考えられなくなりましたが、気持ちを切り替えて
アシストにあるテスト演習問題を解きまくることでなんとか不安感を払拭していきました。
実際の後期試験では倍率11倍程度になっていましたが、理科はそれほど難しくなく、
しかも物理の方が生物よりも易しかったために、生物でやや失敗したと感じた私には手ごたえが全くありませんでした。
唯一満足できたのは、就職活動の経験が功を奏した集団面接ぐらいでしたが、それも合格を確信するほどには到底至らず…

後期試験後は来年度の受験に備えるという、憂鬱な日々を送っていたところ、
発表ではまさかの合格。しばらくは自分も家族も信じられませんでした。
「勝因は?」と聞かれても困惑してしまいますが、私自身は、
「最後まで諦めず、そして気持ち良く試験を終えられるようにしたこと」と答えることにしています。
午前中の理科でやや不満が残ったので、午後は気持ちを切り替え、
他の受験生との面接を楽しもう、グループディスカッションでは生産的な議論をしよう、と心がけようとしました。
面接も順調で、他の受験生と打ち解けた雰囲気になれたのは良かったと思います。

また、受験滞在中に「北海道の地に住んでみたい、旭川で医学を学び地域医療に貢献したい」という思いが、
自分の中で次第に高まっていくのを感じました。受験に勝つことばかりを考えていた時に、
初心を思い出せたこともモチベーション的な勝因だったかもしれません。

ともあれ、化学は早川先生に特別に対策プリントを編集してもらったり、
しつこく質問したりと最後までお世話になりました。
お陰でほとんどミスをすることがなく乗り切り最高の結果を得られました。
合格報告をした時に聞いた先生の安堵の声が忘れられません。
この場を借りて、改めて御礼申し上げます。


・アシストの特長


アシストには元から優秀な人もいますが、
ここで徐々に実力をつけて合格していく人の方が多い印象です。
私は前の大学に行く以前に大手予備校で浪人も経験していますが、
モチベーションの高さや学力でも予備校トップ層に引けをとらないと思います。
アシストの雰囲気は普段は和やかですが、
授業でのテストや模試では、皆がライバル意識を高めあって相乗効果が生まれます。
私は最初の一年はずっと最下位近くでしたが、徐々に張り合えるようになると、
成績もそれに比して伸びていきました。
特に理科(化学、生物)は、全くのゼロから、
センター試験は満点近く、記述模試では偏差値70超くらいまで伸びました。
これもひとえに、仲間に負けたくない、師である早川先生の恩に報いたい、
という思いが結実したのではないかと思います。

あえて大手予備校に通わないだけに?アシストの受験生のバラエティは豊かです。
孤独に黙々と勉強するのも良いですが、彼らから自分に合ったところを
吸収し勉学の糧にするのが、アシストの賢い利用方法ではないでしょうか。
また、一年の苦楽をともにし、同じ釜の飯を食べた仲間は生涯の財産になります。


再受験一年目は、前述しましたが基礎力の定着で精一杯でセンター試験も80%程度と、
医学部を狙うには厳しすぎる有様で、二年目は徹底的に底上げする必要がありました。
要は合格最低点+αを取ればよいのですが、
医学部の場合はどの科目も不得意であっては、合格が遠のいていきます。
私の場合は、数学が圧倒的に苦手で、センター試験で8割さえ結局最後まで取れませんでした。
再受験一年目も二年目も全勉強時間の4割程度は数学に時間を割きましたが、この有様は情けない…

しかし、早川先生に質問して不明な点を明らかにしていくことで、
以前予備校に通っていたとき以上のカンを徐々に見につけていくことが出来ました。
模試の偏差値で言えば40以下から60超程度までは伸びていったかと思います。
もちろん、数学の学力がこの程度では合格が難しいのですが、
アシストでやった勉強方針が自分には非常にフィットしていました。

これに対して自分でも驚くほどできるようになったのが化学と生物です。
化学は授業ではアシストのオリジナルテキストやプリントを使い、
自習でオリジナル問題集の宿題をこなしていく、というスタイルですが、
本質を理解した後に膨大に問題を解いていくことで理解が定着していきます。
化学は、化学平衡や気体など物理化学的な内容を除けば、演習量がモノを言う科目だと思います。
アシストの問題集はレベル別になっており徐々にステップアップしていけるので、
これを着実にこなしていくことが自信にも点数アップにもつながるでしょう。
また、気体のような深い概念理解が必要な分野は、
授業後に不明な点が出てきたら、早川先生が音をあげるくらいしつこく質問(笑)して、
すぐに明らかにして理解を深めるとよいと思います。
この分野は多くの受験生が苦手にしているので、
逆にわかってしまえば、おいしい得点源になるでしょう。

化学は後期(10月くらい)から大学過去問や記述模試を使った
テスト中心の演習授業になります。
ここでライバルと高めあい、ラストスパートをかけていくことで
合格への道にもまた一歩と近づいていきます。

生物では宇多先生に一年目に基礎からみっちりと仕込んでいただき、
二年目は二次試験前の演習の時にお世話になりました。
宇多先生の絶妙な指導によって、「生物はただの暗記科目」という
私の受験勉強開始時の偏見は、見事に打ち砕かれました。
生物を二次科目で「勝てる」科目にするには、
当然ですが物理選択者に負けないくらいに点を取らないといけません。
そのためには、差がつきやすい実験考察問題や論述問題で点をあまり落とせません。
こういった問題で高得点を確保するには
問題背景や実験の意図を性格に読み取る能力、
そしてそれを正確に記述・論述していく能力が必要で、
なかなか一朝一夕には身につきません。
私も苦戦しながら、宿題の答案や参考書の問題を
宇多先生に添削指導していただくことで徐々に「カン」を養っていきました。
また、幸いアシストには生物が非常にできる仲間がたくさんいるので、
分からない問題はみんなで教えあうことで理解が深まりました。
どの科目でも人に教えることで自分の理解も深まるというのは一石二鳥なので、
たまにはみんなで同じ問題を解いてみる、というのもいいと思います。


理科は他の科目に対してやればやるだけ成績の伸びが実感しやすいので、
得意科目にしない手はありません。
私の再受験一年目は理解不足もあって化学が伸び悩みましたが、
二年目は最大の得意科目になっていきました。
生物も「考察、記述能力をいかに高めるか」という視点を持ってから、
成績の伸びも大きくなっていきました。
以上のような点から理科が伸び悩んでいるという受験生の方には、
アシストは非常にお勧めできます。


・センター対策(国語中心)


アシストではセンター試験対策も非常に充実しているので、
センター過去問やセンター型模試を、直前期に山のように解くことができます。
12月に入るまでは二次対策中心、それ以降はセンター対策中心というのが
セオリーだと思いますが、もちろんそれ以前からセンターの勉強はある程度必要です。
特に理系の受験生の方は国語がネックになっていることが多いので、
春からコンスタントに対策をしておくことが重要です。
古典が苦手な人はたいてい文法、単語よりも理由説明や内容把握の問題で詰まっていると思いますが、
正確に文脈をつかみ、素早く解答作業に持ち込むには、英文の解釈と速読のやり方が結構使えます。
古典を「外国語」として認識することで、背景となる世界観が現代日本語とかなり異なるという了解が得られます。
また、黙読で理解するよりも「音読する」という作業が非常に有効です。
英文を音読して勉強されている方は多いでしょうが、古典も音読すると理解が定着します。
あまり国語にかけられる時間は少ないでしょうから、
授業や問題集で取り扱って一応は理解した文章を正確にインプットし、
復習する手段として音読は最適だと思います。

現代文については「勉強しても成績が伸びない」という意見を持っている人が多いでしょうが、
決してそんなことはありません。個人差はありますが方法論と前提知識の問題だと考えます。
現代文の解き方や読み方は、かなり人それぞれとはいえ、
自分にあった教材や教師を見つけられるか、日ごろから堅い文章に慣れているか、でだいぶ違ってきます。
ただし、どんなに上手い読み方や解き方を授業や参考書で得ても、
前提知識が不足していると、読む速度が落ちますし、
解答根拠に疑問符がついたまま解いてしまい得点力が落ちます。
知識を得るには新書レベルの本をたくさん読めばいいのですが、
受験生ですから、読む時間はそれほどないでしょう。
ですから、せめて語彙を増やすためにの用語の解説集などは手元に置いておきたい。

私はセンターの過去問や模試問題をみんなと一緒に解いて勉強するということを、直前期以前からやっていました。
国語はある程度得意だったのですが、それでも私だって進んではやりたくない、
…けれどもいつかはやらなくてはならない…と及び腰。
他のみんなも同じような感覚を持ちつつ、漠然とした危機感を抱いていました。
そこで、「どうせなら一人では続かないからみんなでやってしまおう」ということになり、
毎週日曜日の午前という一番だらけてしまう時間にあえて自主的に演習に取り組んでいました。
もちろん無料・自由参加でしたが、長期間続けていくことで習慣となるだけでなく、
個々人の課題が明確になり、それを改善していくという良いリズムが生まれました。
当然結果にも反映されることになったので、このような「みんなで自主勉強」という
アシストならではの学習スタイルが功を奏したように思います。

英語や理科に関しては、二次試験中心の勉強を進めていけばセンターは問題ないでしょうが、
アシストのみんなと競い合うと「9割程度は取れて当然」というくらいに意識が高まっていきます。
何より結果が張り出されるのは、プレッシャーと達成感の相乗効果になるかと思います。
数学も早めに対策するに越したことはありません。
私は直前期に㈵A㈼B合わせて100回くらい解きました。
苦手な科目ほど不安感を払拭するために解きまくる、というのがいいのかもしれません。
ただ、ある程度自信がついても本番でまさかの失敗をやらかす(私のこと)ことがあるので、
センターの模試も記述模試と同じくらい受けて慣れることが大切です。
社会はアシストでは配信教材を使った学習が受けられます。
私は利用したことがありませんが、わざわざ予備校に行く手間が省けるので、
苦手な方や勉強を始めたばかりの方は一考の余地はあるでしょう。
社会もアシストで同じ科目を受ける人と繰り返し演習を行うことで伸びが実感していけるかと思います。



・最後に

浪人生も再受験生も、目指すところが高いとそれだけに
「頑張っている自分」がなんとなくカッコよく思えてきて、
空虚なナルシズムに浸る人が少なからずいます。
(私自身その傾向がないとはいえませんし、大手予備校でも
、アシストでも見受けられました)

自分で自分を褒めて達成感を得ることは大切ですが、
自分を実力以上に過大評価することは禁物です。
そういう人に限って勉強の辛さから逃げる言い訳を考えるのが上手かったりします。
「人の振り見て我が振りなおせ」と言いますが、くれぐれも要注意しましょう。


また医学部志望の人に特に言いたいことですが、
昨今のわが国の医療業界の事情や、医療制度、医療政策に関して
あまりにも無知である人が多いのは残念です。
もちろん受験勉強を頑張って、医学部に受かるのが医学部受験生の至上課題ですが、
医師になると決意したからには、将来の自分をとりまく厳しい環境について
ある程度の知識があり、それでも志す覚悟が必要だと思います。
もっと意欲のある方なら、海外の医療事情にも関心を持っていてもよいでしょう。

日ごろから医療関係のニュースに目を通し、
問題点や疑問点があれば自分で調べてみる、そしてそれを踏まえて
自分なりの意見を持っておくことが面接や小論文の対策になります。

また、休憩時間にアシストのみんなと雑談するなかで
そのような話題に発展することもよくあります。
受験生が他の人の意見をじっくり聴くのは、
学校や家庭以外には少ないでしょうから、非常によい機会だと思います。
私はこの二年間でアシスト最長老(笑)でしたが、
年下の皆さんから学ばせていただいたことはたくさんあります。


受験勉強をしていると、勉強がなかなかはかどらなかったり、
模試で志望校の判定が思わしくなかったりして、スランプに陥ることもあるでしょう。
またプライベートな悩みを抱えて勉強が手につかないことも出てくるかもしれません。
そんなときに支えてくれるのは家族や仲間です。
誰とも関わらず孤独に自習することも出来ますが、
それではアシストの良さは半減、いやもっと下がるでしょう。
「200%の能力を生み出す」のは自分だけの力ではなく、
人と人との関わりを大切にすることによって、初めて可能になるはずです。

第14期生

濱澤 悠佑(京都府立医科大学合格)


 僕は高3の頃からアシストシステムでお世話になりました。ここで物理と化学の授業を受け、自習室で勉強に取り組んでいました。
 高3の春の頃は僕の理科の実力は知識もほとんどなかったし、問題演習量も少なく、一年で成績が伸びるのか不安でした。化学はアシストオリジナルのテキストで要点がはっきりしていて分かりやすく、授業中の自分でとったメモも合わせて自分専用のテキストを作り、自分のやりやすいように勉強が進んでいきました。物理は内容の濃い問題を取り上げ、その問題を通して先生にじっくり深く教えて頂いただき、知識も深まり演習力も同時につき、またそれを復習することでだんだんと確実に自分の力になっていきました。物理も化学も分からないことがあれば、いつでも授業をうけている先生に教えていただけるということが予備校とは大きく違い、本当に自分のためになったと思います。自習においては効率のよい勉強を心がけました。というのは、参考書の問題をたくさんこなすというよりは授業中で扱った問題を何回かやり直し、演習量を増やすことにおいても、なるべく授業で扱った問題と似たものを選んで演習していました。また特に物理においては分からない部分があれば、ずっと自分で考えて多くの時間をムダにするよりは、すぐに先生に質問して学習する事を心がけました。授業が終われば、すぐに自習できる環境がアシストにはあったので非常に勉強がやりやすかったと思います。現役の時はセンター試験が悪く、他の科目の実力も不足していて不合格になりました。一浪目の時もセンターは83%とよくなかったのですが、アシストで頑張ってきたことを信じて、また先生の後押しもあり志望校はかえずに受験して、合格できました。
 早川先生やアシストで一緒だったみなさん、ありがとうございました。アシストに行ってなければ、二次試験での逆転はなかったと思います。

第14期生

戸田 壮(大阪医科大学合格)

 大阪医科大学に受かりました!!早川先生をはじめアシストの方々、支えていただいてありがとうございました。
 現役の頃は本当に全くといっていいほど勉強をしてませんでした。一日中遊び続けたつけが回り、マーク模試では900点満点で492点、記述模試では偏差値50.0のラインにのせるのが精一杯でした。なかでも物理の成績は本当に酷く、最後の記述模試は100点満点で4点(偏差値35.0)で、校内最下位でした(苦笑)。
 その年のセンターは900点満点で596点でした。さすがに母親からものすごく言われ、その日から大阪医大の後期までの約60日間は、自分の理解できていない部分を必死に埋めたつもりですが、結局どこも受からず浪人が確定しました。
 浪人が確定した次の日か、またその次の日ぐらいに、母親にアシストを紹介されて訪ねる事になりました。塾内の雰囲気がすごくよく、大手の予備校よりは自分に合っていると感じました。さらに相当考えたあげく、物理から生物に変えました。
 浪人してからは英数理の基礎から教えてもらい、わかりやすい教材とわからない部分を丁寧に教えてくれる先生方のおかげで、次第に知識欲や興味といったものがわいてきました。さらに、できるだけ長く自習室の自分の机で勉強し、特に生物に重きを置きました。しかし自分の飽きやすく、あきらめの早い性格などが災いして、午後4〜5時に家に帰る事が度々あり、他の生徒達よりは勉強時間が比較的少なかったと思います。事実、早川先生にその事をつっこまれた事もありました。
 結果一浪してもセンターの点数は悲惨なものでした。元々私大志望だったので国語と社会はまだいいとしても、得意の数学の失敗と、苦手な生物の絶望的な点数には唖然としました。数学に関しては絶対的な自信があったのですが、センターの後の兵庫医大、近大などでは、次々と失敗し、当然のごとく大阪医大も合格点からは遠くかけ離れた点数だったと思います。兵庫医大だけは一次に合格し、二次に補欠となり、補欠合格を待つ形になりましたが、結局自分には合格通知がこず、二浪が確定しました。
 二浪してからは、妹も浪人したので戸田家の長男として絶対に二浪で合格しなければならない状況になりました。志を高く持ち、授業も基礎中心の講座から演習中心の講座に変えました。一浪時代もそうでしたが、その時よりもさらに意識の高い生徒達が集まり、次第に自分もその中になじんでいったように思います。塾内の数学や化学の確認テストでもしばしば上位にこれるようにはなりました。まあ、苦手な英語や生物などの確認テストをしていれば、悪い方の部類にはいたと思いますが(苦笑)。
 テスト演習が始まった時期(9月頃)から、今まで伸び悩んでいるようにみえた生徒達にも、着実に実力がついていました。毎回トップが入れかわり、バトルが白熱していました。その中でも自分は完全に取り残された感はありましたが、毎回逃げずに欠席などは一切しませんでした。テストの結果が悪い時はまわりにあたりちらしたり、不愉快な思いをさせたかもしれないので、今更ながらあの時はどうもすみませんでした(泣)。
 さらに数学の授業で大塩先生という偉大な先生に出会いました。その先生のおかげで、今までしてきた雑な解き方などを徐々に修正していきました。学業面でも支えて頂きましたが、精神面でも大きく支えていただいて、今では感謝の気持ちでいっぱいです。
 12月に入ってから余裕があったわけではないですが、国公立に向けて国語と社会の勉強を始めました。センターがもしよければ、その勢いで国公立も受かると思ったので、国語と社会にもできるだけ時間を割きました。
 でもあまり勉強で煮つまりすぎるのもよくないと思ったので、高校主催の同窓会や成人式にはそれとなく顔をだしました。友達には「この時期に何してんねん?」と思われたかもしれないですけど、個人的にはとてもリフレッシュできました。
 結局二浪してもセンターの点数は悪かったですが、二浪で巻き返せる大学を選び、その大学に出願しました。私大入試ももう間もなくだったので、英数理の抜けている箇所を集中的に固めました。しかし結果的に私大の前期は全て失敗し、大阪医大前期の自己採点は数学と化学が8割、英語が6割と、ここまではまだよかったんですけど、生物が3〜4割くらいしかなかったので愕然としました。
 いずれにせよ生物を完全に理解しないと、大学には落ち続けると思ったので、自分の家の近くにある代ゼミサテラインで生物のみ体験授業という形でお世話になりました。そのときになって初めて、生物の面白さや奥深さといったものがわかったように感じました。
生物ばかりやりすぎないように、英語、数学、化学のわからない部分も少しずつ埋めていきました。
 結果的に国公立も落ちました。そして大阪医大の後期も落ちてると思っていました。後期では、「どうせ自分無理だろう」という、一種の開き直りに近い態度で受けました。出来は前期と同じくらいだったのでやっぱり無理だなと思いましたが、難しかったという噂もちょこちょこ聞きました。
 落ちると思ってたからこそ、大阪医大の一次合格の知らせを聞いたときは相当びっくりしました。正直何がよかったのか自分でもわからないですけど(苦笑)。
母親には、「開き直りで受けたのと、わずか10日間だけやけど代ゼミサテラインに行ったのもよかったんちゃう?」と言われ、生物を最後の最後で詰めたことを実感しました。
 結局繰り上げ合格候補になり、昨年みたいに結局こないかも、と思いましたが最終的に合格したので一安心しました。
 最後になりましたが、第一志望に合格したときの喜びはかけがえのない財産だと思います。受験生の方々、最後まで希望を捨てないで下さい。
そして、僕のわがままを最後まで聞いてくれた早川先生、大塩先生、ゆみさん、お世話になったアシストの方々、2年間本当にありがとうございました!!

第12期生

野々村 万智 (同志社高校卒・広島大学医学部合格)


アシストには、3年間お世話になりました。
長い間本当にありがとうございました。
 私がアシストに通い初めたのは高2の春でした。
 化学と生物の授業が週1回ずつでアシストに来る頻度はあまり多くなかったのですが、少人数制のアシストの雰囲気が凄く好きになりました。受験を控えた高3生、浪人生と一緒に授業を受けるのはかなり緊張を強いられましたが、そのおかげで勉強に対する姿勢が真剣なものに変わったように思います。高3になってからは、数学の授業も受けるようになりました。数学が特に苦手で基本的な問題も解けないようなひどい状態でしたが、それでも医学部に行きたいと言う思いから、アシストで基礎から勉強し直しました。難しい問題が解けないというもどかしさやあせりもありましたが、山のようにあった疑問が一つずつ解消されていき、少しずつですが確実に地盤を固めていく事が出来ました。しかしやはり模試になると全く手が出ず、また、比較的得意だった英語、化学も肝心の試験ではなかなか思うように行かず、成績は伸び悩み、第一志望だった名古屋大学医学部の判定は常にEという厳しい状況でした。
 センターの点数は740/900と、ボーダーには遠く及ばない点数でしたが、どうせ悪いのだからと逆にふん切りがつき、前期試験までの約1ケ月間、ポイントを絞って集中して勉強する事ができました。結果は残念ながら不合格でしたが、試験では確かな手応えをつかみ、志望校を変えずにもう1年アシストで頑張る事にしました。
ほとんどの人が大手予備校に通う中、アシスト一本で浪人する事に不安はありましたが、大勢の人と接する事が苦手な私にはアシストの少人数制の授業に肌が合っていたし、何より高3の1年間で確実に力がついたという自信があったので、あまり迷うことなくアシストでの浪人を決めました。
 それからは、目に見えて成績が伸びていきました。
 高3の1年間に積み上げてきた土台があったからこそだと思います。化学等は、1年前が嘘のように点数が取れるようになり、強力な得点源となりました。高3の時は自分で勉強してたためなかなか手が回らなかった国語も、アシストの授業のお陰で得意科目へと変わりました。苦手な数学・生物、特に数学は、はじめのうちはうまくいかないこともありましたが、最終的には他の科目でカバーできるレベルまで引き上げる事が出来、E判定ばかりだった私がB判定をとれるまでになりました。センターには苦手意識があり、不安は大きかったのですが、過去問や模試を大量に解くことで自信がつき、試験当日は大きな失敗をすることなく落ち着いて受ける事が出来、816/900とボーダーを上回ることができました。
 その後の1ケ月は、出題頻度の高いところを中心に、実戦的な勉強を行いました。ずっと頑張って来たお陰で自信もついていたので、胸を張って試験に挑む事が出来ました。前期の名古屋大学医学部は残念ながら不合格となってしまいましたが、持っている力は全て出し切る事ができたと思います。
 後期で合格する事が出来たのは、センター試験の結果が良かった事と、先生が励まして下さったお陰で自信を持って面接を受ける事ができたからだと思います。
 もちろん、全てが順調に進んだ訳ではなく、辛い事や苦しい事もありました。8月9月頃は無気力状態になってしまい勉強が手につかなくなったりもしました。ご飯が食べられなくなったり、食べてもまた戻してしまうという日も続きました。
 緊張と不安で夜眠れなくなることもありました。けれどもそれらを乗り越えて1年間やり抜く事が出来たのは、アシストの先生方の心強いサポートがあったからです。周りに流される事無くマイペースで地道に粘り強く最後まで頑張る事が出来ました。アシストを選んで本当に良かったと思います。
 最後になりましたが、早川先生、宇多先生、小林先生、ゆみさん、本当にありがとうございました!!

野々村さんへ
合格おめでとう。完璧!!とは言えないのかもしれませんが、満足できる結果でしたね。高校2年生の時から見ていましたが、力が伸びていくのがはっきりと分かりました。現役のときは残念な結果でしたが、その後の1年間、アシストを選んでくれたこと、ほんとに嬉しかったです。また、結果として、その期待に応えられたのかなぁと、嬉しく思っています。
万智さんの一番の強みは、コツコツと地道に努力できるところです。大学へ行っても、気を抜かず、頑張って下さい(早川)


第11期生               

遠藤 健太(京都教育大学付属高校卒・神戸大学海事科学部合格)


えっ?この塾アシストシステムっていうの??へぇ…へんな名前「助ける仕組み」って何やねん?と思った。実際 1、すばらしい少人数制の授業 2、豊富な資料 3、自作の問題集 4、快適な自習空間 が紹介にかいてある通り。でも、自分にとってのアシストシステムはこの5つのうちのいずれでもない。
 僕がここの授業を本格的にとりだしたのは高3の4月。運動方程式って何?内分の公式??初耳やわ。こんな状態でスタート。でも早川先生はアシストしてくれた。でも夏になっても成績は全然伸びない…マーク模試で合計371点(900)勉強が楽しくなかった。でもいつも相談にのってくれる人がいるというのは現役生にとってはかなりありがたいことだった。AO入試を受けると決めてから、勉強以外のことをする必要が増えた。そのとき、自分の都合のいいようにしてくれたのもこのアシストシステムのすごいところだ。
 この受験を通して「勉強」という知識、能力は受験ぜんたいの2%くらいだと思う。つらい1月を逃げずにがんばる精神力。お互い励ましあってがんばる心。諦めずに理解しようとする姿勢。など、勉強以外のことを学べたのはアシストシステムがなかったらありえなかったとおもう。
と、ここまでアシストシステムを褒めちぎってしまったけど、この塾には大手予備校にはできない個々それぞれのアシストがある。それは君たち自身で発見するものだ。

 合格体験記を書きたいと、自己申告してくれたのは遠藤君が初めてかも。合格した日に書いてくれましたが、その時の勢い、喜びが文面から感じ取れます。いろいろと、褒めてもらってありがとう(^_^)。こちらこそ、遠藤君のアイデアに助けられることが多かったように思います*1。念願の神戸大学!学生生活を満喫して下さい。(早川)


*1 夏の確認テスト・英語リスニング対決・古文対決(企画失敗)といろいろとアイデア企画を提案してくれました。塾で取りあげ、単調な受験勉強のメリハリを付けることができました。塾から提案の企画と違い、自主的・自発的な企画ならではのメリットが大きかったような気がします。塾の提案する、自律型学習環境の理想型でした。


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第11期生

朴 聖愛 (同志社高校卒・滋賀医科大学医学部合格)


私がアシストに来始めたのは2浪目の夏でした。
 それまで大手予備校に通っていたのですが理科の壊滅的な成績(全国模試偏差値40代)に焦りを感じ、最後の頼みの綱として訪れたのでした。
 もともと1日中授業をぎっしり詰め込んだ大手予備校のシステムと合っていないと思っていた私は、アシストの自律的な学習環境(例えば自習室、無料配布プリントなど)を見て、自分に一番必要なシステム・環境だと思い、予備校を辞めて通うことにしました。初めは、大手予備校を辞めることで不安もありましたが、今思えばあのとき辞めていなければ、今年、私は合格できていなかったと思います。というのも、予備校では授業の予復習に追われて苦手科目のカバーにまわす時間がほとんどなかったからです。
 それがアシストに来て自分に必要な授業だけを受講することで無駄な時間はうんと減り、苦手科目にその時間を充てることができるようになりました。
 予備校を辞めてからは毎日朝10時(直前期は9時)から夜11時まで授業時間以外の時間はずっと自習しました。ここで単調な毎日をだらだら過ごさないために、私は1日の勉強を始めるにあたってその日にする勉強をおおざっぱにでも決めました。例えば、『12:00~3:00』数学 青チャートIII P.xx~P.xx』みたいな感じ。できたら消して、できなかったら印をつける。これを毎日続けました。そうすると、1日終わったときに自分の頑張りや怠け具合が分かり、翌日の勉強につなげることができるのです。単調でしたが、効果はあったと思います。でも私はなまけ者なので、これでもだめで怠けてしまいそうな時は、先生や先生の奥さんのゆみさん、アシストにいる人たちと話をしたりしてリフレッシュしました。また、アシストの仲間が一生懸命勉強する姿を見て、自分も頑張ろう!!と気持ちを奮い立たせました。特に、センター試験、2次試験前は皆が13,4時間机にびったり向かい、ガリガリ勉強しているのを見ると、自ずと勉強する気がわき、しんどくても頑張れました。
 また、私の合格に大きく影響したのがセンター試験でした。
 私は本番1ヶ月前のプレテストで合計70%で、これにはかなり焦りました。というのも国公立医学部では、一般に90%は必要とされるからです。かなり焦り、もうだめか、と思うこともありました。でもアシストには、そんな私をも助けてくれるセンター対策の準備が抜かりなく行われていました。センター試験の過去問や予想問題テストなどが準備されてあり、やれば必ず伸びる学習環境が提供されていたのでした。私は12月1日から本格的にセンター対策に切り替え勉強しましたが、これらのテストを自分の弱点を見つけるために片っ端から利用しました。
「テストの点数悪かったら嫌やし受けへん」
なんて言ってられる状況じゃありません。というか、そんなことしてては絶対伸びません。・・・と思います(笑)。こう思って毎日テストを何本も何本もしては直して、しては直して、を繰り返しました。また、今年から復活したセンター強化合宿にも参加し、センター試験の問題の癖や特徴をつかんでいきました。その結果・・・900点中817点!! 190点くらい上がりました。信じられないでしょうが、本当です(笑)。これでボーダーをなんとか越え、私にもチャンスがめぐってきました。これで2次試験に向けて勉強でも勢いがついたと思います。
 文章にすると簡単ですが、これをやりきるにも、精神的にすごく辛い時がたくさんありました。友達としゃべったら、「しゃべった時間勉強できたのに...あの人としゃべってなかったら...」と思ってしまう自分が嫌で極力人と話さなくなったり...(笑)。こういう状況は私に限らずアシストの皆にあっただろうと思います。そんな状況でも何とか乗り越えられたのは、それこそ良き友人であるアシストの仲間や早川先生、宇多先生、ゆみさん、家族がいてくれたからだと思います。本当にありがとうございました。
...と長々と書きましたが...
 結局やるのは自分です。勉強の成績はびっくりするくらい正直で、やったらその分必ず返ってきます。よくも悪くも。ただ、そのためには少し時間がかかります。1日、2日では返ってこない。だからじっくり腰を据えて頑張る。受験て孤独なようで実はそうじゃない。ふと視野を広げて見たら、自分の周りにはたくさんの人がいて支えてくれいる。中でもアシストの存在はすっごく大きかったです。私の場合。
 辛いけど、頑張った先には必ず、本人にしか分からない最高の時間が待っています。これから頑張ろうという方々、アシストで頑張ってみてはどうですか?
 私はアシストに出会えたことを本当に感謝しています。
 早川先生、宇多先生、ゆみさん、本当にありがとうございました!!!

朴さんへ
合格おめでとう。いろいろな悩みを抱えていても、いつも元気で明るく振る舞っていた姿が印象に残っています。誤解を生みそうですが、今まででも一番強く、医者になってほしいと思う生徒でした。それだけに合格の一報を聞いた時は嬉しく思いました。アシストの目指すものは「自律型学習支援環境」です。抽象的で曖昧な目標を、朴さんは完璧に体現してくれたと思います。受験を通して得た経験は、朴さんにとってかけがえのない財産となることでしょう。また、それは私にとっても、かけがえのない財産となりました。アシストは理想に向けてこのまま進んでいきます。
おめでとうございます。そして、ありがとうございました(早川)


第10期生

佐野 真一(高知大学医学部合格)


文系の大学を卒業後、二年浪人して医学部に合格する事ができたのですが、最初の一年は大手の予備校に通っていてそこでは思うように成績が伸びませんでした。

 その予備校では、一応一通り、その教科を習った事があるものとして授業が進められていたので高校時代にほとんど(あるいは全く)勉強した事がない数IIICや理科についていけなかったからです。
 そこで今年は環境をかえようと思い、少人数個別指導塾のアシストシステムに移って勉強をしたのですが結果的にはこの環境を変えた事が良かったと思っています。
 ゼロから始める教科があった私には、一から教えて頂ける事や、授業の進度をある程度、融通してもらえること、そして予備校よりはるかにたくさん質問できることがおおきなメリットだったからです。
 以下が私の一年間の勉強の流れです(英語に関しては得意科目だったためあまり対策をしていないので記述していません)。4月から9月頃までは通常の数学、物理、化学の授業を受け、中でも伸びるのに時間がかかると言われる数学に質問を割きました。夏頃までは一問一問に時間をかけて、じっくり考えるような勉強をしていました。理科に関しても同様でしたがほとんどの分野がゼロからのスタートだったので、知らない言葉や全く新しい考え方が次々に出てきて面食らってしまうことが多々ありました。そういうときは初学者用の参考書を読んだり、薄いセンター用の問題集を一度解いてから二次の問題を解くようにしていました(それでも分からないときは別の著者が書いた参考書で同じ分野を読んだりもしました。この“同じ分野についていろんな人が言っていることを聞く”ことは新しい言葉や考え方に慣れる上で効果的でした)。
 そして10月初旬頃には数学(IA~IIIC)と理科の授業が一通りおわり、10月中頃からは完全にセンター対策に移りました。ここからセンター本番までの3ヶ月間は数IIICと二次の理科は全くやっていません。私の場合、特に苦労したのは数学と国語と物理、化学です。数学や国語は時間が余らないことが多く、速さと正確さを両立させなければならなかったので何度もテスト形式で反復練習する必要がありました。理科については時間で苦労することはありませんでしたが、新しい知識が次々に出てきてなかなか90点台に届かなかったのでこれも過去問や模擬テストを何度もやることでこれも過去問や模擬テストを何度もやることでその都度、新しい知識を増やす形で対応しました。
 具体的には私の場合、数学・国語は60~70回分、物理・化学では40~50回分くらい解いたように思います*1。
実際のセンター本番での結果は782/900点で、地方のセンター重視の国公立ならだいたいどこでもB判定くらいの点数でした。実際に私が出願した高知大学(前期)は二次が英語と数IIICだったので、この後センターが終わってからの一ヶ月間、ほぼ数IIICだけをやりました。二次に理科があると厳しかったのかもしれませんが、数IIICだけだったので一ヶ月でなんとか間に合わすことができたのだと思います。
 以上が私の一年間の勉強法でした。はじめから、地方の国公立の医学部を狙っていたので、かなりセンター重視の勉強を狙っていたのでかなりセンター重視の勉強をしたつもりです。同じような大学を志望される方の参考になれば幸いです。又、私が一年を通じて感じたのは集中力と持続力の大切さです。継続して深く集中し続けることができなければ成績を高く上げることはできません。そしてその集中力と持続力を保つには、自分なりの“モチベーション”があってこそだと思います。
 私はセンター対策を始めた10月中頃からスパートをかけたのですが、その間は1日の勉強時間がだいたい15,6時間でその全てがテスト形式でした(テスト直しもかなりたくさんの量をまとめて、テストのように時間を計ってやっていました)。だらだらやれば15,6時間くらい何とでもなるのでしょうが、本当に集中しての15,6時間は疲労も不快感もかなりのものでした。何度ももう無理かもしれないと思いましたが、それを支えてくれたのはやはり「医師になりたい」というモチベーションだったように思います。
 最後に、いつも私のわがままを聞いて下さった、早川先生、常に笑顔で励まして下さった奥さんのゆみさん、一緒に切磋琢磨してくれた同期生の皆様方、いつも応援してくれた家族のみんな本当に感謝しています。ありがとうございました。
 では、これから受験される皆様の心が晴れる日をお祈りしています。

 佐野さんの集中力の高さには頭の下がる思いでした。そして、そんな佐野さんにきっちりと合格してもらえたことを嬉しく思うと同時に誇らしく思います。“志”を高く持つ人が、その“志”を達成するためのベストな環境を提供すること、これがアシストシステムの最大の目標です。佐野さんが目標を達成したことで、私も少しだけ目標に近づけたように思います。ありがとうございました。医師として、将来の佐野さんの活躍を楽しみにしております。(早川)
 美辞麗句を並べた体験記ではなく、来年度以降の受験生、特に再受験性の役に立つような体験を書いてほしいと希望を伝えました。そんなお願いに、丸2日間かけて長文で応えて下さいました。本当にありがとうございました。京都によった際にはぜひ遊びによって下さい。

*1 アシストシステムではセンター試験の本追試、模擬テストを各科目100セットいt上用意してあり、日常の学習で自由に利用することが出来ます。


第7期生

垣田 友里(川崎医科大学合格)


 アシストシステムには、高校2年生から化学の単科授業を受け始めて以来、実に6年もの長い間お世話になりました。
 1浪が決まった時、私は別の予備校に入り、アシストシステムでは単科で化学の授業を受けていました。しかし、自分が本当にやりたいものが漠然とし過ぎて悩み、勉強に身が入らなくなってすぐに予備校での授業についていけなくなってしまい、そのうち勉強に対する意欲が全くなくなって、予備校もアシストもさぼりがちになりました。ここでついたさぼりぐせが後を引き、2浪目、3浪目とだらだらと過ごしました。
 3浪目で医学部に落ち、滑り止めで受かった東京薬科大学の生命科学部に入学しました。生命科学部は主に、DNAやタンパク質の構造解析・分析等を行い、医療分野においてあらたな治療法を研究・開発することを目的とした学部であり、私にとっては臨床医学の次に興味のあった分野だったので受けました。実際入学するまでは、臨床医になりたいのか、研究者になりたいのか、自分自身よくわかっていなかった事もあり、また、3年間もだらだらと過ごしてしまった負い目もあって、とりあえず大学に入ってみた、という形になりました。しかし、小さい頃から私の憧れである両親のような医師になる事が私の夢だったので、その理想からどんどん外れて行く自分に強い焦りを感じました。だから、私はもう一度医学部を目指そうと考えるようになりました。3年間も猶予をもらって成し遂げる事ができなかったのだから、とにかく生命科学部を卒業してから働いて、親に頼らずにもう一度医学部を受験しようと思っていたのです。
 ところが、親というのはすごいもので、そんな私の考えを見抜いていました。親がサポートできる間は、やりたい事をやって欲しい、そう言われました。私はその時、大学をやめる事など考えてもいなかったので、親の言葉に驚くと同時に、ここでもう一度やらなければと思いました。それまで適当に過ごしてきた自分に自信がなかったし、このまま行けば一生適当で生きて行くのだろうと思い、不安も感じていました。だから、やるなら今しかないと思ったのです。

 しかし、思うのは簡単ですが、実際もう一度受験ができるかどうかという問題がありました。この時は既に8月も終わり頃でした。受験の前半戦が終了している時期です。今から受験に戻って、勝算はあるのだろうか。3年間も無為に過ごしてきた私に、できるのだろうか。
 親と相談した結果、作業療法を目指す案が出ました。作業療法士とは、障害を持った人が社会復帰をする為の手助けをする人の事です。この仕事も私のなりたいものにあてはまりました。医学部は無理かもしれないから、国立は作業療法を受け、ついでで私立の医学部を受けてみようという事になりました。
 再受験するとなれば、一番良い場所はアシストシステムしかないと思いました。少人数制で質問しやすく、質問に対する答えも明解で、問題量も豊富で、何より私にとっては長年お世話になった所なので馴染み易いという事からです。
 それで私はアシストシステムに行き、早川先生に相談しました。そうしたら、早川先生は、やり残した事がたくさんあるから、もう一度やり直してみたらいいんじゃないかと後押しして下さいました。不安もあるだろうけれど、やってみる価値は十分にあると。ただ、私の決意次第だとおっしゃいました。 悩んだ結果、両親と、早川先生の言葉に後押しされ、再受験を決意しました。
 10月から本科生になりました。この時点で最初の入試日まであとわずか3ヶ月。受験から離れていたのは半年程ですが、それでも受験勉強を忘れかけており、最初は思い出すのに必死でした。11月頃からペースを取り戻し、半年分の遅れを取り戻す為に、寝袋持参で毎日アシストシステムに泊まり込みで2ヶ月とことん勉強しました。私は英語が得意で、化学と生物はそこそこでしたが、数学がかなり苦手だったので、最初の2ヶ月はじっくり数学に取り組んで、化学と生物は12月から本格的に詰め込みました。わからない所は逐一質問に行き、どんな問題を解けばいいのかアドバイスをもらい、できるだけ忠実に要領よく勉強して行きました。早川先生も朝の9時から、遅い時には夜の1時、2時まで残って質問に答えて下さり、試験直前には塾生全員で先生と泊まり込んで、先生についてもらって徹夜で勉強しました。
 塾外からも現役・浪人生を集めて朝8時から夜10時までひたすら入試問題を解き続ける、アシスト恒例の合宿にも参加しました。アシストの冬合宿は年末から年始にかけて1週間あり、私はこの合宿の前半をセンター試験問題に費やし、後半を私立医大の過去問に費やしました。私立医大は主に川崎医科大学の問題を解きました。川崎医大は私立医科大学の入試日程の中でトップバッターであり、絶対に受かりたかったからです。ところがここで問題が発生しました。私は英語では8割を切らない自信があったのですが、いざ川崎医大の英語の問題を解いてみたら、何と40点台。3年分やってみたのですが全部が50点前後でした。入試直前にして一気に自信喪失です。理系科目が弱い分、頼みは英語だったのに、これがダメになると絶対無理だ、と目の前が真っ暗になりました。気分転換にセンター試験問題を解いてみたのですが、影響を受けてか、これまた人生最低点をとり、もうとことん落ち込みました。その日はさよならも言わずに泣きながら帰った覚えがあります。しかし入試は直前に迫っているし、ここで立ち直れなかったら再受験しに戻った意味がないと思い、気分を入れ替えて、解き終えた過去問の見直しをする事にしました。そうしたら、川崎医大のクセが見えて来て、解き方がわかったんです。そうしてもう一度別の年度の問題を解いてみたら、やっと8割以上取れるようになりました。これで一気に自信をつけました。私立医大の受験には、過去問を解く事は大いに意味があると思います。各大学によってクセがあるため、慣れないと解きにくい場合が多いからです。私は受験する大学の過去問題を大体10年分ずつ解きました。

 こうして、日程的には本当にギリギリでしたが、数学もやっと人並みにできるようになり、なんとか間にあったという感じで、私立医大のトップバッターである川崎医科大学の入試日を迎えました。表向きは作業療法受験のついでという事でしたが、私としては何としてでも医学部に行きたい一心で受験しました。数学はあまり自信なかったのですが、理科と英語はまあまあの出来でした。結果は無事合格、しかも特待合格でした。私自身本当に受かってしまった事実に、嬉しいよりも腰が抜けた、という感じでした。
 その後のセンター試験では、788/900という、人生最高得点をマークし、また東京医科大学の1次合格も果たし、本当に、戻って来てよかったと思いました。川崎医大に受かったので、国立も医学部を受けようと言う事になり、その後の受験予定も大幅に減らして国立医学部に挑戦しましたが、これは残念ながら不合格に終わりました。でも、医学部に入りさえすればいいとそれだけを願って勉強してきたし、その願いが果たされて、今は最高に幸せだと思います。
 受験を終えた今、共に勉強してきたアシストシステムの塾生に出会えた事を嬉しく思います。朝から晩まで寝食を共にし、皆が互いを思いやりながら、支え合い、励まし合い、良きライバルとして過ごしてきました。今では全員が兄弟のように仲良しです。生涯付き合って行きたいと思うような友達に巡り会えた事も、アシストシステムを選んで良かったと思える点です。皆ありがとう。
 最後に、私のわがままを許してくれた両親、兄姉、そして6年という長い年月、良きアドバイザーとして、良きサポーターとして私を支えて下さった早川先生を初め、ゆみさん(早川先生の奥様)、田村先生、宇田先生、森口先生、その他アシストシステムを支える多くの先生方に心から感謝します。
 私が長い浪人生活の中で得たものは、「できるかどうかではなく、やるかどうか」に尽きると思います。長かった浪人生活の中で、辛い事も苦しい事もたくさんありましたが、今となってはその全てが良い思い出です。私が今胸を張っていられるのは、アシストシステムのおかげです。勉強だけでなく社会生活をする上でも、多くを学びました。アシストシステムがあって良かった。人間的に大きく成長したと思います。長い間お世話になりました。これからはしっかり、自信を持って自分の道を歩んで行こうと思います。本当にありがとうございました。

友里ちゃんへ 長かったねぇ。ほんとは友里ちゃん、なんて"ちゃん"づけで呼んだらダメなんだろうけど、つい...高校生の頃のイメージが強くて...ごめんね。再受験を決意するのには大変な勇気が必要だったのでしょうね。でも、その「賭」には見事に勝ちましたね。   この長い期間は友里ちゃんには必要なものだったのだと思います。人間的に一回りも二回りも大きくなった友里ちゃんが、素晴らしい医師となることを確信しています。しんどかったけど...楽しかったよね。(早川)


第7期生

福田 真理子(神戸薬科大学合格)


現役のとき、私は薬学部を目指していたのに化学が苦手でした。でも、アシストで一年勉強した今では、化学は一番の得意科目になりました。アシストの化学は本当に分かりやすく、後半の授業でやった色々な大学のテスト演習は特に良かったと思います。薬学部では化学の配点が高い大学が多いので、化学を得意にしたことは最大の武器になったと思います。あと、アシストは少人数なので、友達同志でお互いよく分かりあえ、支えあって、勉強できたのも良かったと思います。
 模試で常にD判定・E判定だった私が合格できたのも、先生をはじめとする私のまわりの人たちが私を常に励ましてくれたからです。アシストで浪人して本当に良かったと心から思います。ありがとうございました。

福田さんへ いつも明るく、楽しそうに勉強していましたね。でも、本当はしんどかったでしょう。真理子さんのお陰で他の生徒達も、私も1年間頑張れたと思います。
 「浪人の1年間が無駄なものじゃなくて人生の中でも素晴らしい時期だった」と思ってもらえればとアシストを始めました。「アシストで浪人して良かった」と言ってもらえて本当に嬉しかったです。(早川)


第6期生

伊藤 弘雅(久留米大学医学部合格)

高校時代はクラブにおわれ全く勉強をせず、1浪目も予備校でなあなあの勉強で当然の2浪目を向かえました。そこで今年こそはと入ったのがアシストシステムでした。
 ろくに勉強していなかった僕が医学部に受かるまでの成績になれたのは、アシストで授業を受けた後にしっかりとした復習というサイクルが出来上がったからです。アシストはいつも先生がそばにいてくれるので分からない箇所があったらすぐに質問でき、非常に復習しやすい環境でした。夏頃までは授業についていくのに必死でしたが、夏にあった模試でいい点を取った事で自分の成績が伸びている事とやり方が間違っていなかった事を実感しました。
 そして、秋になるぐらいには自分の弱いところと強いところが少しずつ見えてきたので試行錯誤しつつも常に効率の良い授業を受ける事ができました。復習に重点を置いていた僕は時間の限られた実際のテストになると点が取れないという事に悩まされていましたが、年末年始の強化ゼミでテストをやりまくった事でテストで点を取れるようになりました。
 これらの、やってきたことすべてがどうにかうまく噛み合って僕は合格できたと思います。先生、親、周りの人たちには、感謝ですが、やはり自分がやったから合格できたと思うのでアシストで覚えたガンバリをこの先の人生でも大いに活かしていきたいです。

伊藤君へ そうです。頑張ったのは伊藤君です。今後の人生を切り開いていくのは伊藤君自身です。受験を通じて得た経験が糧となり自信となって道を切り開いていく事でしょう。「最適な環境」が私の描く理想の塾像が実現できていたのかと思い、非常に嬉しい体験記でした。こちらこそ感謝です。(早川)


第6期生

森田 由佳里(神戸大学発達科学部合格)

私は、一浪の秋頃からアシストシステムに入りました。残念ながら勉強しだすのが遅く、その当時志望学部だった医学部には合格できませんでした。もう一年だけ勉強しようと思ったとき、その勉強の場として、迷わずアシストシステムを選びました。その理由は、アシストシステムは「一人一人の力・性格・希望にあわせて自分で授業を選ぶことができる」「勉強がリズムにのってるときだけでなく、スランプに陥ったときでも支えてもらえる」そして「自分さえやる気があればとことん勉強に付き合ってもらえる」からです。
 私は好きな科目は個人授業を入れてもらい、どんどん入試問題を解き、あまり得意でない科目は基礎からやっていきました。その結果苦手な範囲でも、わかるようになりちょとずつ自信がでてきました。しかし夏頃から「勉強しても点数につながらない」という問題に直面してしまいました。それでも、初めのうちは勉強を続けましたが、だんだん嫌になってきて、秋頃には、ほとんど勉強しなくなりました。そんな時でも、早川先生やそのほかの先生が少しでも勉強時間を確保できるように授業を入れてくださり、また、先生の奥さんのゆみさんが精神面でも支えてくださりました。
 センター試験の一ヶ月前にどん底に落ちてからは、お尻に火がつき、勉強のペースを取り戻していきました。それからは、先生にも遅くまで勉強に付き合ってもらい、時には、夜の二時を超えることもありました。結局、センター試験までに医学部を受けられるだけの点数にはとどかなかったのですが、「自分より多く問題を解いた人はいない」と自分に言い聞かせてセンター試験を受けることができました。(結果は今までの最高点654点でした!)これで自信を取り戻すことができ、そのままの勢いで二次試験対策に突入しました。

 また、今までのように、医学部の中で自分のやりたい仕事を探すのではなく、すべての仕事の中から自分のやりたい仕事を探し、神戸大学の発達科学部を受験することにしました。最後までみんなに支えてもらい、無事に合格を手にすることが出来ました♪
 この一年はみんなに支えられてのりきった一年でした。先生、ゆみさん、一緒にがんばったアシストのみんな、そして、何よりも家族には感謝の気持ちでいっぱいです。
 これからは、ひとの気持ちがわかるカウンセラー、そして家庭裁判所の調査官を目指して頑張ります!! 

森田さんへ この1年間は本当に大変でしたね。何ごとにも真面目に一生懸命に取り組んでしまうのが森田さんの良いところなのに、思い詰めてしまって受験では余計な苦労をしてしまいましたね。でも、この悩み苦しんだ経験は森田さんの財産となるのではないでしょうか。大学でやりたい事・将来の夢が一杯あるんでしょ。大学生になっても、今のまま目一杯頑張って下さい。(早川)


第4期生

渡辺 義明


僕は2浪目から1年間アシストシステムにお世話になりました。アシスト(生徒は皆 こう呼ぶ)に入ってまず僕がしなければいけなかった事は「勉強の習慣をつける」と いうことでした。というのは僕は中高一貫の学校に通っていて、中学に入ってから高校を卒業し1浪目が終わるまで殆ど勉強らしい勉強をしていなかったので、「勉強し なければ」という思いはあるものの、机の前に座ることが苦痛で仕方が無かったからです。習慣をつけるために早川先生と相談してとった方法は個別授業をいれるというものでした。個別授業にすることによってなかなかサボるわけにもいかずある程度の勉強時間は確保できたと思います。春から夏にかけてはそうやって各教科を基礎から 洗い直していきました。秋になると皆と受験校が違うという事で(獣医学科)それにあわせた授業、又はテストを入れてもらうようになりました。例えば化学はセンター でしか使わないのでセンター用の化学の授業を入れてもらう、苦手な範囲で実際の入試問題位のレベルでテストをつくってもらうといった感じです。また、年末になると 大量のセンターの模試、本試の問題を解きテストに慣れる、弱点を洗い出すといった勉強をしました。僕の場合は年末の合宿(皆で朝から晩までテストをときまくる)で 今までの自信が完全に崩れ落ちる位の弱点が見つかりましたがその後の弱点克服授業によって立ち直り、結局センター本番では650点*1という1年前からは考えられない ような点をとることができました。(4月の模試では450点だった)

 結局、2次試験での総合問題で文才の無さにより国公立は不合格だったんですが、この時のセンター 用の勉強が効いたようでなんとか私立の獣医学科に合格することができました。後10日で入学式です。大学に入ってからも頑張って早く一人前の獣医になりたいと思い ます。それからこれから受験の皆さん月並みですが結局受験は最後まで頑張った者が 勝つんだと思います。最後まで諦めずに頑張って下さい。またアシストに顔を出すこ とがあると思いますのでその時はよろしく。

第1期生

山本 昇伯

お久しぶりです。お変わりありませんか?
 僕は先週運転免許を取ってやっと動けるようになりました。今まで山中に閉じ囲められている気分でしたが、やっと抜け出られそうです。車があれば富山のいい所をもっと知れると思います。(中略)
 夏にはまたお邪魔していいですか?雑用やりますよ。
先生のところの雰囲気ってなんか変ですよね。塾のはずやのにそれっぽくないし…。まだ3カ月しか経ってないのにすごく懐かしい感じがする。当時は自分も一生懸命に一つの事に集中していたし、先生も親身になってくれてたから、多分こんな気持ちになるんやと思います。ちょっとしたタイミングで先生と知り合えて、人の出会いって不思議ですよね。大切にしていきましょう。

第0期生

香川 力


僕は今までに何度か、何人かの人々の合格者体験記を読んだ。しかし、それらの文章にある努力や、勉強量は、合格する人々のものであり、落ちるべくして、落ちてきた二浪目の僕にはピンとこなかったのである。俺は何がしたいのか?医学を学びたい。では、どうすればいいのか?勉強して大学に受からなければならない。と、そこまでは解っていた。けれどもあまりに高校時代、浪人一年間と不勉強だった僕は、一体何から始めれば良いのかが解らなくなっていた。ある一人の先生に出会うまでは。そしてそれからが僕の『合格体験記』となるのだろう。
 早川先生には、特に化学を教えていただいたのだが、まずはできるだけ早く有機化学をマスターし、化学に対する苦手意識を緩和しようと、3月半ばぐらいから一から始めた。浪人してから、初めて、短期の目標という具体的なものができてきた。次の授業までに、これだけの問題を解こう、プリントを復習しよう、と。そうなるともう勉強するのみであった。どんなに簡単そうなことでも解らないことは何でも、何度でも質問した。早川先生の授業の良い所は個人個人の苦手な所をていねいに確実に理解させてくれるところと、パソコンから単元ごとにいつでも問題をレベルごとに引き出してくれたり、また、力をいれて勉強すべきときには毎日FAXで問題を送信していただいたりしてくれたところである。そして何よりも僕自信のやる気には、どんどん答えて下さった。
 結局、受験で僕が得たものは、尊敬できる人と友人との経験、努力の仕方、そして6年分の未来である。いろんな一言でいえない大切な経験ができた。僕にやれるだろうかと悩む前にやることである。これが、僕の受験を終えての感想である。最後に、早川先生本当にお世話になりました。


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